(2022年6月25日にメールマガジンにて配信された内容を転載しています)
6月23日、慰霊の日に、沖縄全戦没者追悼式が行われました。
戦争という悲劇を二度と繰り返さないために、私たちは、平和への思いを改めて胸に刻み、次世代へ伝えていく役割があることをしっかりと認識し、政治行動で示していかなければなりません。
今年の慰霊の日、私は、2つの大きな思いを持って迎えました。
復帰50年を迎えた沖縄ですが、この50年という時間によって、沖縄を取り巻く環境がどうなっているのか、その検証をしなければならないこと。
そして、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻を、世界の国々はなぜ止めることができないのかということです。
ロシアのウクライナ侵攻は、これまでの全ての基準や定義を大きく変えてしまいました。
「国連が戦争を止めることができないのはなぜか」
「アメリカが、停戦のための協議をロシアと行わないのはなぜか」
「ロシアへの経済制裁、本来の目的は何なのか」
「中国は、この戦争で何を得ようとしているのか」
「ロシアへの対応において、バラバラになったヨーロッパの先進国はどうなるのか」
「日本は、アメリカの指示通りに経済制裁や支援を行っているが、日本の独自外交には何があったのか」
G7を始めとする世界の国々は、これらの疑問について、あまりにもバラバラすぎる対応です。
国連におけるロシアへの対応も、満場一致ではなく、棄権と退席を合わせた数が賛成と同数となるような、私が予想もしなかった反応が起こっているのです。
このような、ロシアのウクライナ侵攻から見えてきた様々な事柄を、私たちは沖縄の問題に置き換えて考える必要があると思います。
その意味でも、今年の慰霊の日は、まさに沖縄の平和に対する大きな分岐点になったと考えています。
日本の防衛費を、GDPの2%まで増額すべきだという声が強くなっていますが、その考え方自体を否定するものではありません。
しかし、戦争を防ぐ最大の抑止力が「外交」であることを堅持した上での論議でなければなりません。
西側諸国が中国に対して、軍事力の増強の透明性を、常に強く要望しているように、日本の軍事力増強についても、透明性をもって、しっかりと世界に説明できるものにしなければならないからです。
そのためには、防衛費増額と外交力の増強を、同時に行う必要があります。
「目には目を、歯には歯を」ではなく、自らの説明責任もさることながら、相手国に対して
「曖昧な軍事力の増強が、不安定な世界の環境をつくる」ということを説得することも、外交力であることは間違いないからです。
私は、今年の慰霊の日を、「いま本気で平和を考えないと、戦争がすぐそばまで来ているのではないか」という不安を感じながら迎えました。
しかし、その不安は、単純に軍事力の増強だけで解決しようとするのではなく、平和をつくるための外交チャネルを、これまで以上に増やしていくことが大事だという結論を導きださなければ、払拭されるものではありません。
国を守るための抑止力は、外交から始まる。そのことを改めて感じた慰霊の日でした。