(2021年1月22日にメールマガジンにて配信された内容を転載しています)
1月21日未明、第46代アメリカ大統領にバイデン氏が就任致しました。
様々な混乱が起こるのではないかと懸念されておりましたが、大きなトラブルにも見舞われず、無事に就任式が執り行われたことは「民主主義が保たれた」という意味において、本当に良かったと思います。
今後は、アメリカのバイデン新政権と日本の菅政権がどのような距離感で政策を前に進めていくかが注目されます。
かつて、日本が国連安保理の常任理事国になりたいと手を挙げたとき、他の常任理事国から次のような発言がありました。
「日本は、アメリカのYESにNOと言えるのか。日本は、アメリカのNOにYESと言えるのか。日本の常任理事国入りは、実質的にはアメリカの1票を増やすだけだ」この発言にショックを受けたことを、私は忘れることはありません。
平成10年9月、小渕恵三総理が初めて国連総会で演説されるということで、私は小渕派の議員としてニューヨークまで応援に行きました。
小渕総理は、日本から応援に行った仲間たちを労い、現地で昼食会を開いてくださいましたが、その昼食会には、あるマスコミの支局長が同席しておりました。
小渕総理はその頃あまり支持率が高くなく、「国民からの期待が薄い」など様々な中傷があるなかで、その支局長は「総理、アメリカとの関係で毅然とした態度を見せれば、支持率は上がります」とアドバイスしました。
それに対し、小渕総理は「それならば、何をすれば良いのかね」と問いかけ、支局長は「対人地雷全面禁止条約に、日本も批准すればいいんです」と応えました。
小渕総理自身も、その横にいた秘書官も、私たちまでもびっくり仰天いたしました。
「日米同盟で守られている日本が、アメリカが認めないこの条約に批准はできない」というのが、一般的な考えだったからです。
その後の経緯については詳しく申し上げませんが、小渕総理は平成10年9月30日、対人地雷全面禁止条約を批准し、日本が保有していたすべての地雷は廃棄され、今わが国に非人道的な対人地雷はなくなりました。
その意味において、小渕総理が元気でもうしばらくの間でも政権を担っていたとしたら、アメリカと日本の関係は今のようなものではなかったのではないかと、私は思います。
菅内閣が「日本は日本、アメリカはアメリカ」と、お互いを尊重しながら同盟関係を深化させたいとするならば、今日(22日)発効する核兵器禁止条約に批准することです。
世界で唯一の核兵器による被爆国・日本が、核兵器禁止条約に批准しないことはあってはなりません。
「核の傘」や「枠組み」や「プロセス」など、外交のプロにも、安全保障のプロにも、なる必要はありません。
戦中・戦後の歴史に基づいて、未来の平和国家・日本をつくり、次世代へ委ねる意味においても、被爆国・日本は核兵器を絶対に許してはなりません。
「平和こそが、安全保障の原点」だからです。